アバウト シュミット
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監督 アレクサンダー・ペイン
出演 ジャック・ニコルソン キャシー・ベイツ ダーモット・マルロニー 
        ホープ・ディヴィス  ジューン・スキッブ
(2002年 米)


 永年勤めてきた保険会社を定年退職したシュミット(ジャック・ニコルソン)。
彼の人生の大部分を占めていた仕事という場所にぽっかり大きな穴が空いて、手持ち無沙汰の彼は、翌日からクロスワードパズルをしてみたり、テレビの前でリモコンをとりとめもなく操作してみたり。
思い立って会社に様子を見に行けば、すでにそこに居場所が無いことを思い知るだけ。
帰宅して、妻に「どうだった?」と聞かれ、後任が困っていたので教えてやってきた…と小さな嘘を付く。
こんなつまらないところで妻にさえも見栄を張る、それも長年仕事社会の中で身につけた自分を守る鎧の名残なのだろうか。

そんな彼の大きな心の穴を埋めることになったのは、ある日テレビで見たチャリティ団体のCMだった。
シュミットはさっそくアフリカの恵まれない少年の里親システムに応募する。
ンドゥグという6歳の少年のスポンサーになった彼は、月々送る小切手と共にンドゥグ宛の手紙を同封することにした。
手紙を書き始めたシュミットは、いつのまにか誰にもうち明けない自分の本心をこの手紙にぶつけるようになる。
次世代の若い後任達への怒り、一人娘が選んだ男の胡散臭さ、なにかと癇に障る長年連れ添った妻の一挙手一投足。
それらの他愛のない悪口や小さな不満。
そして、その手紙を投函し、アイスクリームを買って帰宅した彼がキッチンで見たのは…。

リタイアした男性については、日本でも何かと話題になるけれど、アメリカでもこの世代の男性は同じような問題を抱えているようだ。日本のお父さん達が持つ、特有の孤独とか、意地とか、見栄とか、それから滑稽なくらいシャイなところとか、国は違えども全く同じ悲しきサラリーマンの末路である。

シュミットはその後初めて彼を理解してくれる女性との友情を育むチャンスにも恵まれるが、それも愚かな行為から逃してしまう。
他人と深く結びつく、その方法が、おそらく彼には解らないのだろう。そのあまりにちぐはぐなコミュニケーションは、妻や娘との間にも自らが長年理解の壁を作ってきてしまったのだろうことを想像させる。良き父、良き夫であろうと、頑張ってきたのかも知れない。けれど、本当の意味での心のつながりを持てないままに、ここまで来てしまったのじゃないかと思う。

66歳の、リタイア後の男の老いと寂しさ。
それを、寝癖の付いた1:9分けの頭とか、少し前傾気味にお尻を突き出して歩く姿とか、細かいディテールに至るまで、名優ジャック・ニコルソンがリアルに見せてくれる。
あの「イーストウィックの魔女達」でみせた色っぽさも、「カッコーの巣の上で」で見せた危なさも、この人のどこに隠れているのかと思うほど。同一人物と思えない見事な変貌ぶりだ。
ベテランとか、名優とか、そういう言葉がピッタリはまるかっこよさである。

娘婿の母親役をする、キャシー・ベイツが、私にはとても魅力的に見えた。
ジャック・ニコルソンとの屋外での入浴シーンは、なかなか見ものである。
ちょっとコミカルなシーンではあるけれど、彼女の裸体に、私は"潔い女の人生"を感じてしまった。

「人生において、本当に意味あることは、生涯をかけて何を築いたか」
退職の宴席で友人がスピーチした、この言葉が、この映画の軸をなしている。
何を残したか、誰かの役に立ったのか。
そう自問自答するシュミットに用意されたラストは、しみじみとした感動に包まれる、素晴らしいものだった。

この映画、あまりに単調で退屈に思う場面もあるかも知れない。
台詞と台詞の間の長さ、ドラマチックな出来事で盛り上がるわけでもないストーリー。
けれど、リタイアしたシュミットの生活を、こんな時間の流れを共有することで疑似体験してみるのも良いのではと思う。
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=================以後ネタバレ================



















 シュミットの人生の新たらしい章が始まる、そんな明るい予感でこの映画は終わる。
彼に希望の光をもたらしたのは、あの里子になったンドゥグが、シュミットのために描いた一枚の絵だった。
きっと彼は、この一枚の絵を手がかりに、人に歩み寄るすべを知り、深い孤独から抜け出すことが出来るだろう。
そう確信できる清々しいラスト。
唯一にして最高のドラマチックな場面を、ジャック・ニコルソンがくしゃくしゃの泣き顔だけで演じるラストシーンがしみじみと心に残ります。

2004/6/19

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