夜よ、こんにちは
Buongiorno, Notte
Good Morning, Night
http://www.bitters.co.jp/yoruyo/
http://www.wellspring.com/movies/movie.html?movie_id=54
監督・脚本 : マルコ・ベロッキオ
音楽 : リカルド・ジャーニ
出演 : マヤ・サンサ(キアラ)
    ルイジ・ロ・カーショ(マリアーノ)
    ロベルト・ヘルリツカ(アルド・モロ)
2003 イタリア



注 : 史実に基づく作品なのでネタバレです

 イタリアの極左集団である「赤い旅団」、彼等は1978年当時の首相アルド・モロ氏を誘拐し55日間にわたり監禁し殺害した。
イタリア最大といわれたその事件を題材にした、「肉体の悪魔」のマルコ・ベロッキオ監督の作品である。
赤い旅団、その組織と実行犯、そして相対する政府、交渉の間に入るローマ法王、拉致監禁されたモロ首相。
この事件をどの立場から描くのか…。
ベロッキオ監督は、赤い旅団の監禁実行犯、中でも唯一の女性メンバーであるキアラの目を通して、この事件を描いた。
その視点の面白さと、使われている音楽に惹かれてこの作品を見たが、期待通り素晴らしい映画だったと思う。

 キアラは当初、赤い旅団の一員として自らの行動に疑問を感じることはなかった。
それは同士による誘拐の成功をテレビのニュースで知ったときのまったく迷いのない笑顔に象徴されている。
しかし、監禁場所となったアパートで、モロ首相、赤い旅団のメンバーと暮らす55日の間に、彼女の心は刻々と変化していく。
外界と遮断されたアパートの閉塞感と、さらにそこに作られたベッドとテーブルで一杯になるような監禁用の部屋。
部屋のドアには監視のための丸い穴が開けられていて、彼女は時々そこからモロ首相の姿を眺める。
むしろキアラの方が怯えるようにして、そっと覗くのである。
まるで自らの迷いを恐れるように、そして迷いを確認するかのように、あるいは払拭するかのように。

この映画のタイトル「夜よ、こんにちは」というのは、アメリカの女性詩人エミリー・ディキンソン の詩「Good Morning-Midnight」からとったものだそうで、映画の中でも誘拐されてきたモロ首相が持っていた書物…という小道具として使われている。
また、キアラの職場の同僚であり彼女に興味を示す男の書いたシナリオのタイトルでもある。
彼はキアラの揺れ動く心にさらに追い打ちをかけるように「赤い旅団」の行動を批判するのだ。
もちろんキアラをメンバーと知らずに。
この詩はキアラの葛藤の先にある「何か」を暗示しているのだろうか。
それは迷いの「出口」なのだろうか。

一方音楽は、劇中にピンク・フロイドの「Shine on Your Crazy Diamond」(Wish You Were HereT-1)と「The Great Gig In The Sky」(The Dark Side of the MoonT-4)がとても効果的に使われている。
映画の大半の舞台となる暗いアパートで、他のメンバーに囲まれた生活をしながらも彼女の心の中で起きている変化と葛藤の激しさや苦しさを、これらの曲がよく表現している。
そしてもう一つ、後半キアラの幻覚とも夢ともとれるシーン…モロ首相が現実と反して自由に歩き回る姿のその背景には、シューベルト作品の「楽興の時」が使われ、その広がりのある美しい曲がアパートの閉ざされた圧迫感から、ラストの開放感あふれる素晴らしいシーンへの対比に見事に観客を誘導していく。

結局モロ首相を救えなかったイタリア政府…、それでいて国葬という形で死を惜しむ様子とそれを仕切るローマ法王の姿を映すラスト近くの映像は実際のものである。
あまりに空虚なその映像は、まるでこちらの方がつくりものであるかのように薄っぺらに滑稽に映り、今見たキアラの葛藤と幻覚こそがよりリアリティを持っている気がして、不思議な錯覚に陥る。


[movietop]
2007/7/24


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