白いカラス http://www.gaga.ne.jp/white-crow/ 原作: フィリップ・ロス 音楽: レイチェル・ポートマン 出演: アンソニー・ホプキンス (コールマン・シルク教授) ニコール・キッドマン ( フォーニア・ファーリー) エド・ハリス (レスター・ファーリー…フォーニアの元夫) ゲイリー・シニーズ (ネイサン・ザッカーマン) ウェントワース・ミラー (コールマン・シルク青年) (2003 米) この映画の主人公であるコールマン・シルク教授は、講義の最中に"spook"というスラングを口走ったことで、人種差別の汚名を着せられ辞職に追い込まれる。 長年かけて築き上げて来た地位や名誉や功績や…そして妻までも。 人種差別ということを身近に感じることのない国に住んでいる私にとって、この映画のテーマにはあまりリアリティを感じられない。 しかし、その他の様々な差別は日常の中にいくらでも転がっているし、差別に神経質になりすぎるあまりに結局本末転倒になってしまう滑稽な現象もよくあることだ。 "spook"というスラングは、"実体のないもの"や"幽霊""ゴースト"を意味すると同時に、もうひとつ、黒人を意味する差別的な表現でもあるらしい。 それをコールマンは一度も講義に出てこない黒人学生に対して「幽霊」の意味で使ったのだ。 誤解を受け何もかも失ったコールマンは、娘ほど年の離れた掃除夫のフォーニアと出会う。 「最後の恋」の相手である。 ソウルメイトという言葉を時々耳にするが、そういう結びつきがあるのだとしたら彼らこそソウルメイトなのではと思うような二人だ。 内に怒りを秘めた男女は、出会いから急速に接近していく。 フォーニアは粗野で優しさのかけらも無く、また年老いてすべてを失ったコールマンは、フォーニアにとっても決して魅力的な男ではなかったのに。 フォーニアは、ずっと凍ったままだった心の重荷を、ある時は不器用にコールマンとぶつかり合い、ある時はベッドで肌を寄せ合いながら徐々に溶かしていく。 けれど、コールマンには死んだ妻も知らない大きな秘密があった。 数十年も隠し通してきたその秘密を、彼はフォーニアに初めて告白する。 コールマンは「白いカラス」…白い肌をした黒人だった。 映画は、現在のコールマンと、大学進学を控えた頃の若きコールマンとを同時進行で描いていく。 黒人であるが故に、ハンディキャップを背負ったまま死んでいった父や、結婚を決めていた恋人が去っていった自分自身のつらい経験を経て、今後白人として生きることを決意したコールマン青年。 それは、母をはじめ家族を捨てることを意味していた。 彼はその日から、その選択を背負い、秘密を自分一人の胸にしまって生きてきた。 それらの日々は、決して彼が望んだ自由な人生などではなかった。 そんなコールマンが"spook"という言葉を差別的に用いるはすがない。 にもかかわらず、人種差別の汚名をきせられるという悲しい皮肉。 コールマンの今に至る経緯を丁寧に描いた分、フォーニア心の傷と彼女の心の葛藤の描き方に不自然さが有ったように思う。 継父の性的な暴力から逃げだし、夫のDV、その後子ども2人を火事で失い未だにその遺骨と暮らしている彼女の過去が今の彼女の言動につながるトラウマを生んでいる。 そのあたりの流れが少し説明的で、ニコール・キッドマンの演技力でも補いきれていないように感じたのだが、このような小説を映画化する難しさなのかもしれない。 けれどベテランの役者がそろっていただけに演技は申し分なく、主役ももちろんだが、脇役のゲイリー・シニーズとエド・ハリスの存在感と渋さはさすがだった。 ゲイリー・シニーズ演ずるネイサンは孤独になったコールマンの唯一の友人であり理解者で、後にこの小説を書いた作家という設定になっている。 監督は原作を読み、ネイサンの山荘でコールマンと彼がダンスを踊る場面を是非映像にしたくてこの映画を作ったそうである。 問題のその場面は、コールマンがお気に入りの曲をバックにおどけて無理矢理ネイサンを誘い、ネイサンが照れながらそれにつき合うというシチュエーションなのだが、確かに素敵な場面だった。 ネイサンが、とまどいながらぎこちないステップを踏む時の照れ笑いがチャーミングで、大人の男性のこういう表情ってセクシーだなぁと見とれてしまう。 考えてみると、これも演技なのだから、ゲイリー・シニーズの巧さなのだけど。 映画の原題は原作小説のタイトルと同じ「The Human Stain」…人間の染み、傷、ということだろうか。 生きていくことでついていく染み、消えることのない傷跡、そういうものを誰もが残しながら人生を送っている。 コールマンとフォーニアは、きっと互いの"Stain"に、理屈じゃなく惹かれていったのだろう。 それから音楽…静かなピアノのメロディーが画面にとけ込むように美しかった。 2004/11/8 |