氷海の伝説
The Fast Runner (Atanarjuat) (USA)
http://www.alcine-terran.com/main/hyoukai.html
http://www.atanarjuat.com/media_centre/credits.html
監督・製作・脚本・編集:ザカリアス・クヌク
出演:ナタール・ウンガラーック、シルヴィア・イヴァル、ピーター・ヘンリー・アグナティアック、ルーシー・トゥルガグユク
(2001 カナダ)

 イヌイットに語り継がれてきた伝説をもとにしたストーリー。

 キャスト、スタッフのほとんどがイヌイットで、映画の中でもめったに耳にする事のないイヌイット語が使われている。
172分という長編で、その間、ずっとイヌイット語を聞いていると、その不思議なリズムがたまらなくクセになる。
ちょっとアラブの言葉のようなまったりした感じに、東北弁の口をあまり開けない話し方がミックスした感じで、何とも言えず心地よい。

 この映画2001年カンヌ国際映画祭でカメラドール賞を受賞、その後色々な国で色々な賞をとっている。(上記サイト参照)
とにかく、最初から最後まで、白い氷の世界がどこまでも続く大自然の中で物語が繰り広げられる。

 というと、美しい自然の中で、純粋なイヌイット達が繰り広げる美しい愛の伝説・・・と思うかもれしない。
私も、そのつもりで岩波ホールに足を運んだ。
ところが違うのである。

 主人公アタナグユアトの名は「足の速い人」の意味である。
アタナグユアトの父トゥリマックは、かつて村のリーダーに目をかけられていた事から、リーダーの息子サウリの妬みをうけていた。
サウリは、邪悪なシャーマンとともにリーダーである父を殺害し、トゥリマックの一家を村八分同然にした。
 アタナグユアトと、兄アマグアックはそんな中で生まれ育ったが、たくましく成長していった。
一方、サウリの息子のオキは、これまた乱暴な男で、アタナグユアトに激しいライバル意識と妬みを持っていた。
なぜなら、オキの許嫁、アートゥワがアタナグユアトに思いを寄せていたからだ。
 
 オキとの決闘の末、アタナグユアトはアートゥワを妻にする。
この決闘が凄い。
殴り合いなのだ。ひたすら交互に相手の頭を殴り合う。しかも、我慢大会なのだ。

 気持ちの収まらないオキは、ある日彼の取り巻きとともに、アタナグユアト兄弟を襲撃する。
寝込みを襲われ、兄アマグアックは即死した。かろうじてアタナグユアトは、逃亡する。
裸のまま氷の世界を逃げ続けることとなった。 (どうやら、当時のイヌイットの習慣は裸で毛皮をかけて眠るらしい)
裸足でつめたい氷の上を走る。どこまでもどこまで走り続けるアタナグユアト。
 この場面がこの映画の一番の見せ場だ。
白一色の背景。その中を真っ裸のアタナグユアトが、ひたすら、ひたすら・・・走る、走る、走る。
BGMは人の声だろうか。凄い低音の不協和音。この音が不思議に気持ちよい怖さで、妙に魂に響く。
これを聞くためにもう一度岩波ホールに行こうかと思ったくらいだ。(※)

 走り続けたアタナグユアトは、いつしか気を失って倒れてしまうが、運良く助けを得る事が出来、静養して体力を快復した。
そして、妻の元へと戻っていくが、村ではオキが案の定やりたい放題だ。
どうするアタナグユアト。

 当初の予想を思い切り裏切ってくれた映画だった。
妬み、暴力、強姦、欲望、裏切り、復讐。
美しい自然の中でも、人と人が作り出す物語は、都会でのそれと根本的には変わらない。
けれど、なぜか爽快感がある。

■ヴィレッジ・ヴォイス誌のレビューから
神秘的で淫ら、感情的で激しい。初めから終わりまでの3時間、ずっと目が離せない。ステレオタイプとは最も対極にあり、映画の復興を示唆する広大無辺なヴィジョンを持っている。
 

(※、後日これはモンゴルなどの歌唱法ホーメイ(ホーミー)によるものだということがわかりました。)

音楽は以下のものが使われています。
"SPIRITS" CHRISTOPHER MAD'DENE  
"FLY, FLY MY SADNESS" traditional, arranged by M. ALPERIN & N. KENOV 
       performed by HUUN-HUUR-TU & THE BULGARIAN VOICES
"WAVE" M. ALPERIN  performed by THE BULGARIAN VOICES
"PRAYER" performed by HUUN-HUUR-TU


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