静かな生活
監督 : 伊丹十三
原作 : 大江健三郎 「静かな生活」
音楽 : 大江光
出演 : 佐伯日菜子(マーちゃん)  
         渡部篤郎(イーヨー)  
     山崎努(パパ) 柴田美保子(ママ)
     岡村喬生 宮本信子
         今井雅之 緒川たまき
(1995 日本)

 作家、大江健三郎氏の同名小説を氏の義兄でもある伊丹十三監督が映画化したものだが、数々の伊丹監督の話題作の陰にひっそり隠れてあまり知られていない作品ではないだろうか。
大江健三郎氏のご長男、光さんは知的障害を持っており6歳まで言葉を話すこともなかったそうだが、その後音楽の才能を開花させこの映画の音楽にも彼の作品が使われている。

その光さんをモデルにしたイーヨーと、大学生の妹マーちゃんが、両親の長期の渡航中に体験する静かなようで決して平凡ではない生活を、いくつかのエピソードとともに描いている映画である。
イーヨーを演じるのは渡部篤郎、この作品で日本アカデミー賞新人賞を受賞している。
私が最初にこの作品を見たとき同時に見たメイキング映像で、撮影現場を訪問した光さんが、渡部さんの演じるイーヨーを指差して、「実はあれは僕なんです」と言った言葉に渡部さんが感激して涙ぐんでいた姿がとても印象的で、彼のこの役への真摯な取り組みがうかがえるようだったし、この人良い役者さんになるんだろうな…と思ったことを覚えている。

映画のナレーションは絵本作家を目指す妹マーちゃんの一人称で淡々と語られ、彼女の描く童話絵日記が物語の背景に挟まれていく。
イーヨーをはじめとして、この一家の人々も友人の団藤夫妻も既成の概念にはまったくとらわれない自由な発想の人たちであり、それは知的障害をもつイーヨーへの彼等の対応もしかりだ。
彼等は、障害を持つイーヨーと共に過ごす時を大切に思い、イーヨーから得るものの大きさを良く解っているように見える。
現実に光さんは大江氏の創作のエネルギーになっているのだろうし、このストーリーの中でも、マーちゃんはイーヨーとともに過ごすことでたくさんのことを体験し学び不安と感動を交互に体験しながら童話絵日記を創作していくのだ。

家族に障害者を持つ方達から度々教わることであるが、私たちは彼等と真正面から向き合ったとき、共に過ごす生活からきっと得難いものを得る事が出来るのだろう。

一方、この一家や団藤夫妻はその柔軟さの底に譲れない流されない一線をちゃんと持っている。
それはイーヨーの障害に対する考え方にはじまり、ポーランドの言論の自由や社会の差別発言への毅然とした態度だったりする。
そのあまりに率直で正論である登場人物の言動は、浮世離れした…とでもいおうか、そんなきれい事では…と、胡散臭さすら感じてしまう場面もあるかもしれない。
しかしこの映画は障害者を持つ家庭の苦労と美談を期待して見た人を見事に裏切るダークな一面をもたっぷり含んでいる。
舞台になる家の映像が醸し出すメルヘンティックで優しげな雰囲気の反面、障害者の性の問題にも触れているし、性暴力や殺人などもテーマになっている。
型にはまった内容ではなく、一言でテーマをまとめられるような解りやすい映画でもない。
しかしそれが大江文学らしい混沌と率直さなのだと思う。
そのような背景の中で、時折イーヨーが見せる強さや繊細さが、いっそう光輝いているのだ。

また、イーヨーの個性的な発想や素直さから産まれる、おもわず微笑んでしまう、はっとするエピソードが、作品にほのぼのとした感動や笑いを加えている。
団藤さんの奥さんが骨を折ったとき、イーヨーがお見舞いにと作った曲の、楽譜に書かれたタイトル…「ろっこつ」は実に斬新だ。

そして、一足早いママの帰国が決まり、兄弟の留守番生活の終わりとともに童話絵日記も完結することとなる。
そこで、この絵日記のタイトルをどうしようかとマーちゃんにたずねられた時、タイトルの天才イーヨーが名付けたのが、「静かな生活」なのである。

(最後に私事を一言加えさせていただくと、このサイトの日記の名前は、ここからいただいたものなのです。)
(2007/1/24)
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