海を飛ぶ夢
THE SEA INSIDE
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監督 : アレハンドロ・アメナーバル
脚本 : アレハンドロ・アメナーバル マテオ・ヒル
原作 : ラモン・サンペドロ「海を飛ぶ夢」(アーティストハウス)
音楽 : アレハンドロ・アメナーバル
  出演 : ハビエル・バルデム(ラモン・サンペドロ) ベレン・ルエダ(フリア) ロラ・ドゥエニャス(ロサ)
   クララ・セグラ(ジェネ) マベル・リベラ(マヌエラ) セルソ・ブガーリョ(ホセ)
   タマル・ノバス(ハビ) ホアン・ダルマウ(ホアキン) フランセスク・ガリード(マルク)
(2004 スペイン)

 プッチーニ作曲のオペラ「トゥーランドット」のアリアをバックに主人公ラモン・サンペドロが窓から飛び立ち低空飛行で山越え、高い木のてっぺんをかすめてさらに彼方に飛び続け海岸を上空から眺め「海を飛ぶ」シーンがある。
これはもちろん、ラモンの空想の世界だ。
彼は28年前の事故で首から下が麻痺してしまった身体をベッドに横たえ、イメージだけでこうして海を飛ぶのだ。
かつて船乗りとして世界中を旅したラモンが、全身で感じ取った「海」はもう、彼の手の届くものではない。
それどころか、たった1メートル先にある、好きな人の手さえも、彼にとっては無限の距離なのだと語るラモン。
家族の愛情に支えられて過ごしたベッドの上での28年間に、ラモンは終止符を打とうと考えている。
尊厳死…という一言で片づけるには、彼の思いはあまりに複雑だ。
アレハンドロ・アメナーバル監督は、実在したラモン・サンペドロの著作「LETTERS FROM HELL」に出会い映画化を決意したという。
「夜になるまえに」のハビエル・バルデムが、30代の若さで20歳以上年齢差のあるラモンを演じるが、メイクの技術と演技によって、まったく不自然さを感じないばかりか、回想シーンで若き日のラモンを演じるバビエル・バルデムの生命力にあふれる健康的な姿に、彼の実年齢を思い出してはっとするくらいだ。

 尊厳死を支援する団体のジェネ、ラモンと同じ悩みを持つ弁護士フリア、テレビでラモンの存在を知り訪ねてきた女性ロサ…ラモンは理解者に恵まれるが、彼が望む本当の理解者、彼の死を手伝ってくれる人間はなかなかみつからない。
家族もまた、彼を深く愛しているが、だからこそ彼との別れを決意できるものはいない。
義姉マヌエラはラモンを息子のように思い身の回りの世話をし、兄ホセはラモンとの別れを誰よりも恐れている。
年老いた父ホアキンは深い悲しみを静かに秘めて彼を見守り、甥ハビはラモンを慕い、彼の日常に若さが持つ独特のエネルギーを注ぎ込む。
けれど、死を望むラモンに対し、おまえのために私たちがこんなに犠牲になってるのにそんなことを言うのかと詰め寄る兄ホセは、その言葉の矛盾に気づくことが出来ない。
悲しそうに、兄を見つめるだけのラモンに、涙があふれるシーンだ。

死を望むラモンの心情を「家族の愛が足りないからだ」と訳知り顔でテレビでコメントして見せた牧師もまた四肢麻痺に苦しむ一人である。
にもかかわらず、宗教の枠から出ることが出来ないその思想のために、人間の多様なあり方を許容できない彼は、この映画ではとても偽善的に映る。
その牧師に、地味で物静かな義姉マヌエラが、唯一感情をあらわにして激しい批判の言葉をぶつける場面には胸がすっとする思いだった。

映画の中で、ただ一度ラモンはこのマヌエラにだけ涙を見せるシーンがある。
けれど、実際のラモンの遺族達によれば、彼は絶対に人前では泣かない人だったそうである。


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