やわらかい生活
監督 : 廣木隆一
原作 : 絲山秋子
  『イッツ・オンリー・トーク
脚本 : 荒井晴彦
音楽 : nido
出演 : 寺島しのぶ(橘優子)
豊川悦司(橘祥一)
松岡俊介(本間)
田口トモロヲ(痴漢Kさん)
妻夫木聡(気の弱いヤクザ)
(2005 日本)

 『俺は、俺の悲しみなんか他人に解ってたまるかと思う。
だから、他人の悲しみも想像できるばってん、解るなんて言えん。』

主人公優子の「私は哀しみを共有したかった」という言葉に対して祥一はそう言う。
この言葉が、祥一の優しさの根っこにあるのだと思うし、またこの物語全体のやわらかいけどしっかりとしたメッセージを持った雰囲気を象徴しているようでもあり、私はこのシーンが好きだ。

都会で一人暮らしをする橘優子は、両親と親友を亡くし、躁鬱病とつき合いながら暮らす35才の女性。
舞台は東京の蒲田…優子が言うところの「"粋"がない下町」だ。

原作は芥川賞作家、絲山秋子の『イッツ・オンリー・トーク』。
物語の中には、決して魅力的とは言えないけれど…でもがどこか気になる男達が何人か登場する。
祥一もその中の一人だ。
優子の故郷でもある福岡に住む従兄弟なのだが、ある日の優子の家に突然訪ねてきてなんだかんだの成り行きでそのまま居座ることとなる。
妻と子どもとの間に埋められない溝を感じ、苦し紛れに浮気をして東京まで女を追いかけてきたあげくにお金を使い果たしてしまったというダメっぷりなのだが、この祥一が不思議な優しさを持っている。
女性には、まして孤独で色んな事に疲れてしまっている女性には余計身にしみる優しさ…とでも言うか、「言葉にしなくてもこうして欲しかった」ということをしてくれる男なのだ。
鬱状態の時の優子の八つ当たりには、キレることもあるが、予想外の包容力を持って受け止めてくれたりもする。
その彼が言う冒頭のセリフは、他人の寂しさを突き放しながらも決して目を逸らさずに寄り添い続ける、そんな真の思いやりと繊細さにあふれている。
従兄弟同士の二人は、幼い頃周囲から「殿」「姫」と呼ばれていた幸せな時代を共有している。
そんな理由からも彼等は共に過ごすだけで暖かい気持ちになれたのかも知れない。

優子は、そういう色んな種類のダメ男…だけどどこか優しいダメ男達に囲まれながら、躁鬱と格闘し、そしていつの間にか…気づくと救われているのだ。
まるで「セロ弾きのゴーシュ」みたいに。

蒲田という場所がとてもよくストーリーにとけ込んでいて、優子の暮らすアパートも銭湯も駅前も公園も、すべての風景がこの映画の大切な要素になっている。

優子役の寺島しのぶはあまり好きな女優さんではなかったのだが、この作品で優子という女性の個性、人生、魅力を、まるでぴったりのサイズのワンピースを着こなすようにしっくりと演じていて確かに上手い。
そして、祥一役の豊川悦司の存在感と演技は、繰り返し観たくなる深くて細やかで素晴らしいものだった。


(2008/2/2)
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